07.5.17 |
化膿
が治まるまでの毎朝の回診は非常な痛みの繰り返しでした。治療といっても手で腹部を押し、膿を押し出す、更にピンセットで中の膿をつまみ出すだけ。後は何もすることのない毎日が約1ヶ月続きました。 |
この間私がしたことは歩くこと。
想像ですが手術の傷口が化膿したのは栄養が不足していたからではと思われます。
入院前の2ヶ月ほど食べれば下痢でやせ細ってしまった状態でしたのですから抵抗力も当然落ちていたはずです。手術前、通常の点滴ではたりず、セントラルラインを入れて養分補強をしたくらいです。したがって医者に言われたのは動き回って体力をつけることでした。
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点滴をつけているときは点滴台を引きずって廊下の往復。さらにリハビリ用だと思われるスロープを1階から4階までの往復。点滴がとれ、つなぎものがなくなってからは、毎日1時間から2時間ほどの外出で病院のまわりを散歩です。もちろん病院内も歩きつくしました。時間はたっぷりあります。朝昼晩、消灯前と病院内を上がったり下がったり。
毎日の散歩で病院の近辺はたいてい歩きつくしました。毎日の楽しみですね。
夏の終わりで暑い日もありましたが、秋空は乾いていてすがすがしい。うっすらとはだが汗ばむ肌が気持ちいい。病院の中と違って明るくゆったりと呼吸できるのです。当然ですね、何の制約もないし、限りなく広いのですから。ついでに間食の買出しも。
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この頃には傷口も多少小さくなり、シャワーも使えるように。そして外泊もできるようになりました。最初の外泊は不思議な感じでした。2ヶ月ぶりの自宅はどこか落ち着かなく、自宅でありながら自宅でないような不思議な感じでした。
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化膿が収まり傷口がふさぎかかった頃、再度内科に移動です、もちろんリンパ腫の治療のため。
まず主治医の診察を受け、ベッドの移動。 手術前にいた病棟です。そして妻と一緒に治療の説明を受け、ようやく治療が始まりました。外科の治療つまりイソジンで消毒も内科の病室で継続です。
外科病棟の回診の後に回ってきてくれました。 |
リンパ腫に関する治療の説明は、
薬はアドリアマイシン、エンドキサン、オンコビン各1日に副腎皮質ステロイド5日、それにリツキサンを加えたR-CHOP療法というもの、
副作用の種々でした。
スケジュールは3クール。手術で患部のリンパ腫は全部削除している可能性が高い、血液検査でも問題ない、以上のことですでにリンパ腫がなくなっている可能性が高い。3クールという治療は悪性リンパ腫ではもっとも短い期間であり、今回の治療は念のためのものであるとのこと。リンパ腫有無の確認のためにガリウムシンチ検査も行う。
治療内容は投薬1週間、インターバル2週間、この間アバウト投薬10〜14日後に薬の副作用が出て白血球が下がる時期が来る。この時期は感染症に対する抵抗力がなくなり危険な状態なので注意する。その後白血球が回復したら次のクールに。これを繰り返し3回、計9週間で完了とのことでした。
正式病名はそのとき聴いていないような気がします。退院してから聞いたのですが、非ボジキンリンパ腫(NHL)、B細胞性で病期2でした。
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治療開始は10月25日でした。
治療の記録は少し残っています。自宅に外泊した(おかしな文章ですね)
時にカレンダーをコピーし、日にちを消すように記録しています。
クール最初の3日間は一日中点滴です。そう、この3日目に以前書いた出来事が起きたのです。
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最初はこんなこともありました。
クールの最初の週はまだ白血球減少の副作用が出てこないので自宅外泊ができました。自宅にいる間注意していたのですが喉をやられました。風邪の前兆のようで腫れてひりひりします。私は元々喉が弱いようで、風邪をひくときはいつも喉からきます。
病院に戻って担当医にそのことを話したのですが、あまり気に留めない様子で1日過ごしました。2日目の血液検査で白血球が1万を超えてしまい、慌てて白血球を下げる注射。2日後には5千まで落ちています。
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